ペットの死から学ぶ事 延命は必要か?
今回は昔話でも。簡潔に結論を言うならば、「延命処置はしない方が良かったな〜」っというお話です。
はい!この時点で満足された方は、読まなくてOKです。
お話は10年くらい前の私のペット(猫)の死について。
私にとって悲しい出来事でしたが、その死から学んだ事、感じた事があります。
猫がエサを頻繁に要求するが食べきらない
※私は猫の食事に対して、エサという言葉は普段使いませんが、一般にあわせています。
それは死の前触れでしたが、私は気づきませんでした。
猫へのエサやりの回数は一般的に1日3回前後だったと思いますが、私の猫はもっと多く、何度も何度も要求してきました。その割に与えてもほとんど食べないのです。
無知だった私はそれを猫のワガママだと思い、1日3回程度にしてエサを与えていました。残ったエサは他の猫が食べきっていたと思います。(全部で3匹ほど飼っていたと思います)
死ぬ前のレントゲン写真をみて分かったのですが、この猫は2つの腎臓のうち片方に問題があり…その分、もう片方の腎臓が大きく発達していました。症状の名は腎不全。
1日2〜3食の食事では体に負担がかかってしまうため、猫の要求に応じてこまめにエサを与えるべきだったのだと思います。
延命処置
猫は突然動かなくなり、体が冷たく硬くなっていました。もう動けなかった。ゆっくり、安らかに、死に向かってゆく。まだ生きていた。
至急、親を呼んで動物病院に猫を連れて行って貰い、そのまま延命処置が施されました。
延命の種類はたしか、体に水分を注いで体内の毒素を排泄させるというものだったと思います。
2〜3日ほどたって、やはりもう手遅れだということで退院。退院後、頻繁に激しい痙攣に苦しんでいました。動けないはずの体を苦しみながら激しく動かす姿を見て、私は延命したことの過ちに気づきました。私の望む猫の姿はそこになかったのです。
余談:ペットの幸せを考える
私はペットの幸せを考えます。
例えばこんな家がある。家に犬を1匹だけ飼っていて、家には飼い主ひとりしか住んでいない。
その犬は飼い主が仕事に行っている間ずっと独りだ。寂しくないだろうか?ストレスはないだろうか?
飼い主が帰ると、その犬はとても大喜びします。何故そんなにも喜ぶのか?
ペットの気持ちを知ることは不可能かもしれません。でも、考えてみたい。